本記事にはアフィリエイトリンクが含まれる場合があります。
この記事はこんな人におすすめです
・頑張って働いているのに、豊かになっている実感がない
・投資が必要とは思っているけど、なぜ必要なのかピンときていない
・お金の話を、体験談ベースで読みたい
「なんとなく」が通用しなくなった
無職になってからはしばらく好きに過ごしていました。
退職前の有給消化期間であったこと
多少は貯金はあったこと
有給休暇なし、週休1日の毎日で疲れた体を休めることを優先したこと
失った10年分のおやすみを満喫することに専念しつつ、心の片隅にはこんな考えがよぎります。 「どうにかこのまま一生自由に過ごせないだろうか……」
一生自由に暮らせるかどうか、答えは簡単に出せます。
所持金÷月間支出(生活費)=生活できる月数
私としては、これは初めての体験でした。
新卒から約10年間、仕事をすれば給料が毎月入ってきて、給料の範囲内で使って、なんとなく残った分を貯金する——
そのくり返しで、支出を真剣に考えたことが一度もなかったのです。
仕事のストレスや実家ぐらしということもあり、真剣に考える必要や余裕がなかった、というのが正しいでしょう。
人生の値段はいくら?
月にどれだけお金が自分の財布から出ていっているのか。
年にどれだけお金を使っているのか。
一生でどれだけお金が必要なのか。
幸い銀行口座一つ、クレジットカード一枚のシンプルな家計だった私は、明細と貯金の減り具合をみるだけでなんとなく全体が掴めてきました。
ときには100時間近くの残業時間が記載された過去の給与明細などを眺めていると、そのとき考えていたことを思い出すことがあります。
(まるで奴隷みたいだ……)
激務の中、回らない頭で浮かんだ内容ですので許してください。
奴隷には値段がついている。
自分の値段はいくらで、どうすれば自分を買って自由になれるんだろう—— そんなことを考えながら仕事をしていました。
無職になってから、その問いが実感をもちはじめました。
調べていくうちに、一つのことが腑に落ちました。
働いて得られる収入は時間と体力に縛られている。
どれだけ頑張っても人間の1日は24時間で、昇給にも上限がある。
賃金労働だけでは、豊かさの上限が決まってしまう——
そのことに、無職になってから始めた投資関係の勉強を通じて知りました。
当時はFIREという言葉がニュースにもよく取り上げられていました。
「金持ち父さん貧乏父さん」など著名な本を読んで、リベラルアーツ大学の動画を見て、と少しずつ知識を取り入れていくと
労働以外でお金を増やす仕組みを持つことの意味が、少しずつ分かってきました。
「R>G」はその一例です。
経済学者トマ・ピケティが示した「R>G(資本収益率は経済成長率を上回る)」という考え方は、その構造を端的に表しています。

投資は一発逆転の手段ではありません。
その側面をもった投資手法もありますが、1秒間隔で利益を奪い合う短期投資家と、15年以上で利益を分かち合う長期投資家の性質はまったく異なるものです
賃金労働だけでは届かない場所に少しずつ近づける仕組みです。
私はそれを、無職の半年間をかけて理解しました。
私もまだ自分の人生を買えるだけの資産を築けてはいませんが、現状であれば10年は生きていけるかなという目算があります。
そしてそれは、投資を始めたことによって一歩ずつ近づいていってるな、と感じられます。
あなたの「人生の値段」は、いくらでしょうか。
そしてそれを、今の働き方だけで手に入れられそうですか。
まずは自分の資産全体を見渡して「もし今、働けなくなったらいつまで生活できるか」を俯瞰してみると良いかもしれません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

コメント